どろどろ丼_Jiong
1970年
マスゴミ「静岡には大地震がくる!!さあこの防災グッズを買いましょう!!」
静岡「ふええ」
1980年
諸外国「静岡県は危険な土地だ 近寄ってはならない」
静岡「そ、そんなこと」
青森「ギャアアアアアアアアア!!!!!」
静岡「!」
1990年
マスゴミ「静岡には大地震がくる!!さあこの防災グッズを買いましょう!!」
静岡「新開発された鉄筋をおすすめしていま
兵庫「ウワアアアアアアアアアアア!!!!」
静岡「 」ガクガク
2000年
マスゴミ「静岡には大地震がくる!!さあこの防災グッズを買いましょう!!」
静岡「非常食を県民のみなさんにくばってきましt
新潟「ウウオアアアッー!!!!!」
静岡「ふぁ・・・」
2011年
静岡「最近、私は共同の地下シェルターの計画をですn
NZ「アアアアアアアアアアアア!!!!!!」
静岡「ひええ」
静岡「海岸沿いの勾配、町全体の排水機関を強化したんです。これで諸国のような轍は踏みませ
宮城「ホ、ホアアッー!!!!」
静岡「あっ」
ストライサンド効果(英語: Streisand effect)とは、インターネット・ミーム(インターネット上の流行語)の一つで、ある情報を隠蔽したり除去しようとしたりする努力が、逆にその情報を広い範囲に拡散させてしまうという意図せざる結果を生み出すことを指す。ストライサンド効果という名前は、アメリカ合衆国の歌手・女優でエンターテイメント界の大物、バーブラ・ストライサンドの名に由来する。彼女は2003年、自分の邸宅が写っていたネット上の画像の公開を差し止めようとして裁判を起こし、不用意にも世間の関心をかえって集める結果になった。
同様のことは、大企業などからユーザーなどへの警告状(cease-and-desist letter)の発信や、DVDなどのセキュリティを突破するための数列(illegal number)などの公表差し止め警告や、ファイルやウェブサイトなどに対する削除要求の際にも起こる。これらの情報が隠蔽されたり公開差し止めとなったりする代わりに、かえってその情報に対するネット上の関心が高まり、ミラーサイトやファイル共有ソフトなどで情報が際限なく拡散することになる
あたしが小学5~6年生だったときの担任・マツダ先生(仮名)は、クラスで話し合うとき生徒にたったひとつのルールを課しました。そのルールとは、「意見を言うときは、必ず理由を言わなければならない」というもの。これは鉄の掟で、例外は許されませんでした。今にして思うとこれはすばらしい教育で、あたしはマツダ先生にものすごく感謝しています。
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こうやって丁々発止で説得し合ううちに、けっこうみんな、最初とは意見が変わっていくんですよ。「自分はドッジボールが好きだけど、当てられて嫌がる人がこんなにいるなら、バスケの方がいいかな」とか。「ソフトボールがやりたかったけど、言われてみれば学校のグローブはボロいし数も少ないし、別の種目の方がいいかな」とか。いろんな角度から意見とその理由を発表し合って、考えに考えて、意見が出尽くしたところで「では採決を」と持って行くのが、マツダ先生のやり方でした。
これが当たり前だと思ってたんだよね、小学生時代のあたしは。ところがいざ中学校に入ってみると、そこでの「話し合い」はこんなていたらくだったんです。
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なんちゅう幼稚な意思決定方法だ、と12歳のあたしは思ったね。こいつら小学生以下かと。これじゃ各自がなにも考えずに「ぼくのわたしの好きなもの」を選んでるだけで、意見を交わしたり考えたりっていうプロセスがゼロじゃん。自分と違う視点に気づくチャンスすらなく、それぞれセルフィッシュに「(自分が好きだから)これがいいでーす」と手を挙げるだけで、こんなの何の意味があるんだよと。
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そんでもって、意見交換で相手を説得するには根拠が必要なんです。上の方にも書いたけど、根拠を挙げようと思ったら、「ぼくは/わたしはこれが好きだから、みんなこれに賛成するべき」なんて小学生ですら恥ずかしくて言えなくなります。たとえタテマエでもいいから、「なぜこれが集団の構成員全体にとって有益なのか」を示さなければならなくなるわけで、全員が頭をひねってその「なぜ」を考えるうちに議論が深まり、より考え抜かれた意見が形成されていきます。そこまでやってから決を採ってこその多数決でしょ。
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結局はマツダ先生が偉かったってことになるんでしょうけど、ああいう議論のしかたの教育を日本じゅうの小学生が受けられるようにしなくちゃいけないと思いますね。ゆとり教育の見直しで算数だの英語だのの時間を増やすのもいいけど、こういうところにももっと力を入れていく必要があるとあたしは思ってます。
俺の最初の映画『ロジャー&ミー』では、生活保護を受けている白人の女が、
棒でウサギを殴り殺す。・・・「肉」として売るためだ。
この10年の間、俺はしょっちゅう、「かわいそうな子ウサギちゃん」が頭を殴られるシーンが
「恐ろしく」「ショックだった」と言われ続けてきた。
本当に吐き気がしたと言われた・・・なぜあんなシーンを入れたのかとしょっちゅう聞かれた。
アメリカ映画協会(MPAA)は、このシーンがあったために、『ロジャー&ミー』をR指定にした。
手紙をくれた教師たちは、この映画を生徒に見せる際に問題にならないように、このシーンを削除したという。
だけど俺は、このウサギ殺しのシーンのわずか2分後に、
フリントの警官がスーパーマンのマントを着ておもちゃの銃を持った黒人を射殺するシーンを入れておいた。
だがこれまで一度もー本当に、ただの一度だって
「映画の中に黒人が射殺されるシーンを入れるだなんて信じられない!何て恐ろしい!吐き気がする!何週間も寝られなかったじゃないか」など言われたことはない。
なぜなら、彼はただの黒人であり、抱きしめたくなるようなかわいいウサギちゃんじゃないからだ。
黒人が射殺されるのは、ひどいことでも何でもない(少なくとも、MPAAの倫理委員とやらの中に、このシーンに文句をつけた奴はひとりもいなかった)。
『アホでマヌケなアメリカ白人』マイケル・ムーア著 松田和也訳
2009-11-17 (via gkojay) (via konishiroku) (via cocomona) (via plasticdreams)
2010-11-24
(via quote-over100notes-jp) (via mcsgsym) (via konishiroku) (via yaruo) (via monoprixgourmet) (via furoneko)




